質問のお便りへ大敬先生からのお返事

  • 2020.10.16 Friday
  • 06:00


『グズグズ・モタモタ人間への処方箋はありますか?』

東京のKさんから届いた質問です。

大敬先生
いつもワンデイ・メッセージありがとうございます。

はじめてお便りします。
今の悩みついてです。

やらないといけないとわかっていながら、なかなか行動にうつさないでいる私に悩んでおります。

どうすればすんなりと行動にうつせるか?
どうしていつもこうなのか?

早くとりかかればいいのですが、いつもいつもモタモタ、グズグズする私に、何かふさわしいメッセージがあればぜひご紹介下さい。

(大敬のコメント)
「思いの堂々巡り」の状態ですね。私も同じタイプなので、おっしゃることがよくわかります。

でも、こういうタイプの人は、いったん動き出したことは、粘り強くやり続けてゆけるという長所もあります。何事も一長一短ですね。

しかし、自分はグズグズしていてダメだという思いを強くして心に定着させてしまうと、
心が現象を作り出すので、グズグズモタモタの現象を繰り返し再生産させてしまいます。

「変えよう、変えようとすればするほど、変えられない」というのが、「心の法則」なのです。

私もKさんと同じタイプだと言いました。そして、今もそういうグズグズ体質は変わっていません。

でも、私とKさんの違いは、私はそんな自分を認め、受け入れ、許せ、愛することができるようになったところです。そういう人間も、この地上世界に必要だから、こうして生かされているのです。

ですから、こんな自分はイヤだなあという気分になってきたら、「グズグズ・モタモタ大丈夫、このままそのまま大丈夫」と、呪文のように繰り返し、声に出すか心の中で称えてみて下さい。この頃はマスクをしているので、呪文が称えやすいですよ。きっと効果があるはずです。

以上は、「心の整え」です。さらに「身の整え」もしておきましょう。

アタマが堂々巡りを始める前に体を動かす練習をします。はじめはエイッと勢いを付けて動けばいいと思います。

お風呂に入り、風呂場から出る前に、一杯だけ水をかぶります。アタマは嫌がって色々かぶらなくてもいい言い訳を考えようとし始めますが、そのアタマの堂々巡りが始まろうとする瞬間に、エイッと思いを断ち切って水をかぶってしまいます。

家を出る時、雨が降りそうで、傘を持っていくか、持っていかないか、アタマの堂々巡りが始まろうとする前に、エイッと家を飛び出します。傘を持つか、持たないか、それはどっちでもいいのです。まあ、どっちにしてもそれで死ぬことはないのですからね。




『人や世界を平等に見られない私』

兵庫県のMさんからの質問です。

大敬先生
いつもありがとうございます。
長い間先生に助けていただいています。

まだ先生のご著書を全部読めていないので質問することに躊躇しましたが、それでもやっぱり先生のアドバイスが欲しくて質問させていただきます。

悟りというか、「ひとり・ひとつの悟り」には、全てを平等に観れないと難しいように思われますが、全てを平等に観るにはどのようにすればいいのでしょうか。

例えば、この世は平等の目がないから生きづらいのかなあと思っています。私もこの世の目では、自分よりかわいそうと思う人には平等の目を持てても、自分より優れた立場の人に対して平等の目を持ちにくいところがあります。

本当は、もっと勉強してからご質問したらいいのですが、どうしても先生のアドバイスが欲しくて、初めて連絡を取らせていただきました。

もし教えていただけるのでしたら嬉しいです。

(大敬のコメント)
「平等の眼」で、人や世界を見なければならないと自分を責めるなんて、とんでもないことで、そんなことが出来る人は、お釈迦さまや観音さまぐらいなものです。

でも、最終的にはそうなれると、お釈迦さまや観音さまの到られた境地が保証してくださっているから有難いですね。

「平等の眼」で人や世界を見ることができないという自分を責めるのではなくて、自分がそんな状態であることを受け入れて、許し、愛してあげなければなりません。

自分を許し、愛することが出来るようになれば、はじめて人や世界を許し、愛することが出来るようになるのです。それが「平等の眼」です。

私たちは、発展途上だから、まだ「平等の眼」が不十分ですが、その事に気づいたら、『ああ、申し訳ない。お釈迦さまお許し下さい。そして、やがて私にもお釈迦さまのような「平等の眼」が備わりますように』とお詫びと願いを続けてゆけばいいのです。

「線路は続くよ、どこまでも」です。一生のうちにやり遂げようなんて大それたことは考えず、一生1ミリ前進すればいいんだというぐらいの気楽な気持ちで、しかし粘り強く前進しましょうね。