坐禅は録音できるのか?

  • 2020.07.04 Saturday
  • 06:00

最近、お経づいていまして、お経録音の依頼が2件ありました。

 

1件目は『ゆほびか』(マキノ出版)が、お経の特集本(雑誌)を出されるということで、私も「般若心経」と「延命十句観音経」の分の掲載を依頼されたのですが、その雑誌の付録に私がお経を称えたものを入れたいということで、自宅で録音しました。


 

2件目はトータルヘルスデザイン社さんからの依頼で、「音声講義」を製品化する際に、その講義の後に、禅の会と同じプログラムでお経を称えたり、坐禅をしたりしたものを録音してもらって加えたい。そうすれば、皆さんが大敬や仲間と一緒に禅の会に参加した気分を味わえるというアイデアで、それはとてもいい提案なので、講義の録音に続いて、お経や坐禅も録音させていただきました。


 

坐禅を録音するというのはどうなんでしょう?

 

「耳的」にはまったく無音だと思うのですが、そんなものを録音する意味があるのでしょうか。昔、富士山頂の空気の缶詰というのがありましたが、そんな内容がないものなんでしょうか。


 

それが、無音じゃないと思うのですね。坐禅したら「坐禅の波動」が世界に伸び広がってゆきます。そんな「坐禅の波動」が録音されていると思います。だからきっとひとりで坐られる時よりは、いい坐禅が楽にできるはずです。果たして「坐禅の波動」がICレコーダーで録音されるのかどうか、その実験結果をブログの事務局かトータルさんに報告していただければ有難いです。


道元さんは『弁道話』のなかでこんなに説明しておられます。「坐禅したら、その功徳が世界に広がっていって、人々の心や体の冷たい固まりをほどいて楽にしてゆく。現在活動中の菩薩や仏のエネルギーを増すはたらきもする。

 

また、未来の人々を苦悩から救い、未来に活動される菩薩や仏たちの働きを援助することになる。

 

また、過去の人々を苦悩から解放して、過去の釈迦仏や菩薩たちの活動を助けることにもなる。


 

もちろん、あなたには坐禅すればそんなことが起こっているなんて自覚できない。それはなぜかといえば、それはアタマの認識をはるかに超えた大きな出来事だからだ。だから、自覚はなくてもいいのだ。ただ偉大な先人たちがそうおっしゃっているのだから、きっと本当のことであるに違いないと信じて、ただ淡々、黙々と坐禅してゆけばいいのだ」


 

「坐禅の波動」が世界に広がっていって、その功徳で多くの人を救済している。また、未来の子孫達を元気づけ、救うことになるというのは、なんとなく理解出来るような気がしますね。

 

でも、過去の祖先たちを苦悩から解放することになるというのはスッとは入ってきません。

 

過去はすでに確定してしまったことなのですから、坐禅したからといって、過去の結果を変更出来るようには思えません。

 

しかし、「先祖供養」が大切だと言われていますね。「先祖供養」すれば、現代の私たちもしあわせになれると言われています。

 

過去がすでに確定したもので、変えることが出来ないのだったら、「先祖供養(法事)」でお経を称えたりすることに意味がない、たんなる気休めだということになってしまいますね。


 

そんなことはないのです。お経を称えれば、その波動が現在の世界に、また過去や未来の世界にも伝わってゆきます。そして、それらの世界をねじれた状態から正常な状態、楽で自然で、軋轢(あつれき)のない状態に変えてゆくのです。

 

それで、ご先祖も苦悩から解放されて喜び、その喜びが次の代のご先祖に伝染していって、そのように時をたどって代々伝わってゆき、ついにあなたとあなたの家族にまでその喜びが届いて、あなたたちもまたしあわせになれるというわけです。

 

そういう功徳があるのですから、お経を称えたり、坐禅するという行を実践出来るということは、とても有難いことなのです。


 

あなたがそのように坐禅したり、お経を称えたりしているのは、あなたが自分でそのように決断して始めたことなんだと思い込んでいませんか。

 

それもあるけれど、それだけではないのです。お釈迦様をはじめとする過去の仏たち、また観音様などの菩薩たちの「波動」があなたに届いてあなたにその決断を促したのです。それだけではありません。現在の仏や菩薩や、また道を求めて行を実践している多くの仲間たち(すでに会っている人、これから会うことになる人)の行の功徳もあなたに届いて、坐禅やお経を称える、あるいは寺社参りするなどの行へと導いて下さっているのです。また、未来の私たちの子孫、彼等は私たちより一層進化の道を先に進んでいるので、この後輩たちの「波動」があなたに届いて、あなたがより一層、進化の道をたどることを促してくれたのです。


 

そんな説明をされても、サッパリ分からないとおっしゃるでしょうね。実は私にも分かりません。華厳経(けごんきょう)には「重々無尽(じゅうじゅうむじん)」と語られていますが、私やあなたや過去や未来が幾重にも重なって影響を及ぼしあいながら「一体」なのです。


 

すべての時とすべての空間とすべての存在が、重々に折り重なって「あなた」を生み出し、育て、進ませているのです。途方もないことで、アタマにはとても理解できません。でも、そうなのだということを、ナゼか、私もあなたも、その存在のはじめのはじめから知っているのです。


ワンデイ・メッセージ44

  • 2020.07.03 Friday
  • 06:00

坐禅すれば、自分が許せる。人が許せる。世界が許せる。

ワンデイ・メッセージ43

  • 2020.07.02 Thursday
  • 06:00

「憎しみ」は、身と心を固め、冷たくする。「許し」は「ゆるくする」こと。身心がほどけ、あたたまる。

ワンデイ・メッセージ42

  • 2020.07.01 Wednesday
  • 06:00

「どの人も」の詩

どの人も 精一杯の人生をおくっています

どの人も その人にしか歩めぬ人生を 歩んでいます

どの人も 宇宙でたった一人の 貴重な存在なのです

どの人も 本当はひとつに 結ばれているのです

どの人も きっと「ひとついのち」に 帰り着くのです

ワンデイ・メッセージ41

  • 2020.06.30 Tuesday
  • 06:00

なぜという事は考えなくてよい。出来ないから出来ないだけのこと。自分が持っている、自分に与えられた道具を精一杯使って、思いっきり生きればいいんだ。

コロナの神様

  • 2020.06.29 Monday
  • 06:00


コロナの神様は、私たち人類に何を求めていらっしゃるのでしょうか? 


一つ目は、「モノやヒトの過度な移動を嫌っておられる」のだと思います。

なぜならば、モノやヒトが大量に移動すると、その際に使われるエネルギーの熱や排気ガスによって、実は地球環境が最も大きく汚染されているのだ、ということを何かの本で読んだことがあります。


これまでよりさらにヒトやモノの移動が盛んになると、結局人類は環境破壊で滅亡してしまうことになるので(人だけならそれもいいけれど、他の植物や動物を滅亡の巻き添えにしてしまうのは許されませんね)、コロナの神様はその流れを阻止しようとしておられるのでしょう。


テレワークもこれからは進むでしょうし、職場と住居が徒歩か自転車で通えるほどの距離にする、遠くから食材を取り寄せるということは止めて、地元の産物を出来るだけ用いるというような対策はすぐ思いつきますね。都市集中過密を止めて、地方分散するというのもやらねばならないことですね。


二つ目は、「肉体と肉体の接触によってお互いの親愛度を確認するような時代はもうそろそろお終いにしなければならないよ」と、教えて下さっているのだと思います。


すぐ握手したり、ハグしたり、接近して大声で話したり、簡単にセックスしたりする風俗習慣を持つ民族の感染者数や死者の数が多いという事実がありますね。


では、これからはどういう親愛の示し方になるのかというと、肉体を包むように「霊体」というものがありますが、お互いの霊体同士の肌のふれあいによって親愛度が確認できるようになる時代に少しずつですが進化してゆかねばならないのです。


法華経などでも、これから人類は進化してそういうステージに入ってゆくよと説かれています。

未来のそんな進化した時代では、肉体と肉体の結合による「子生み」という行為がなくなって、霊体と霊体の肌のふれあいによって愛情を確認しあって、霊体同士が結合して「子生み」をする。その際、「胎生(たいしょう」ではなくて、「化生(けしょう)」という形で子供が誕生する。これは、お母さんのお腹の中でしばらく育てられるという形ではなくて、空間に突然出現するという形で子供が誕生するのだそうです。


「霊体の肌感覚」を養うということを、これからは少しずつはじめて欲しいと思います。

日本人は世界で一番「霊体の肌感覚」が発達している民族で、だから、渋谷の交差点などの雑踏の中ででも、「霊体の肌感覚」で、お互いの接触を避けることができるのです。それが外国から来た人たちには不思議でしょうがないのですね。


さらに「霊体の肌感覚」を養うには、まず「肉体の肌」に意識を向ける習慣をつけましょう。

「肌」には、温度感覚や柔堅識別、痛覚以外に、実は視覚も聴覚、味覚なども備わっているということが専門の人たちの研究で分かってきているそうです。肌で聞いたり、見たりすることも肌に意識を集めていると、少しづつ出来るようになります。


激しい風、かすかな風…、そのような風が肌を撫でる刺激に意識を集めるのもいい訓練になります。

 

そのうち、あなたが接しているモノやヒトやコトから嫌な肌感覚、心地よい肌感覚が感じられるようになって来ます。実はそれは、あなたの「霊体の肌」が感じているのです。


嫌な感じの肌感覚のモノやヒトやコトは、実はあなたのイノチを損なうようなモノなのです。逆に、「霊体の肌」で触れてみて、心地よい感じのものは、あなたのイノチを養ってくれるようなものなのです。そのようにして、「肌感覚」を養うことによって、危機を予め察知して避けたり、この人と結婚すればしあわせになれると「肌感覚」で知ることができるようになります。


「霊体の肌」の表面には、植物の葉緑体にあたるような器官があって、霊界の中央にある「霊的太陽」から放たれる光線(これを「ひ」と言います)、その注がれた「ひ」を「霊体の肌」の表面のその器官が受け取ることができ、その「ひ」の霊的エネルギーによって、あなたのイノチは養われ、命を存続し、成長してゆくことが出来るのです。この霊的エネルギー補充過程を「ひ足し(養し)」といいます。


「霊体の肌感覚」が育って、「ひ足し」によって、あなたのイノチが充分に養われるようになると、あなたは他の生物(動物や植物)の命を断って、そこから栄養分を摂取するという必要がなくなります。


そうなると、あなたが霊体を覆っている服を脱いで、「霊的太陽」に直接肌をさらすことによって、イノチが養われることになります。もう食べるという必要がなくなるのです。他の生物(動物や植物)の命を断って、そこから栄養分を摂取するという行為がなくならない限り、人類は決して本当の意味での「しあわせ」を得ることは出来ません。


霊体を覆っている服を脱ぐという行為(肉体を覆っている服を脱ぐ必要はありません)は、坐禅したり、よき先生の教えを無心に聴く(肌で聴く)ということで実現できます。坐禅したり、師の教えを肌で聴いてそれを喜び、わがイノチの糧とする。法華経には、未来にはそんな時代が来るよと説かれていて、それぞれ「禅悦食(ぜんえつじき)」、「法喜食(ほうきじき)」と呼んでいます。


霊体は肉体より大きく、ゴムのような伸縮性を持っているので、意識によって霊体の手をズッと伸ばして、部屋の壁や天井などに触れてみるという練習もしてみてください。未来のこうなりたいという希望の一点に霊体の手を伸ばして、その一点を握りしめる、そして現在地を離陸するというのが「心のゴムひも法」でしたね。

ワンデイ・メッセージ40

  • 2020.06.28 Sunday
  • 06:00

「私はOKじゃない、あなたもOKじゃない。でもそれでOKなの」(キューブラー・ロス)

ワンデイ・メッセージ39

  • 2020.06.27 Saturday
  • 06:00

「放てば手に満てり。語れば口に満つ、縦横極まりなし」、これは道元禅師の言葉。手放したら、必要なものは必要な時に入ってくる。アタマを手放したら、必要な時に必要な言葉が口をついてどんどんあふれ出す。

ワンデイ・メッセージ38

  • 2020.06.26 Friday
  • 06:00

(サ行の言霊)サラサラ流せ。スッと立って、ソッと坐れ。

ワンデイ・メッセージ37

  • 2020.06.25 Thursday
  • 06:00

今日の呪文「きっとよくなる。どんどんよくなる」